【体験談】裏切りを見つけてしまった日【突然の別居】⑧

【体験談】裏切りを見つけてしまった日【突然の別居】⑧




前記事はこちら→【体験談】裏切りを見つけてしまった日【突然の別居】⑦


旦那が泊りの忘年会で家を空けているときに発覚した

衝撃的な裏切りにより、家を出て行って貰った次の日の事。


旦那からのLINE




昼過ぎ、返信が来た。



「 苦しませてしまい本当にごめんなさい


  昨日、何度も何度も家の前に足を運び


  家族の事を考えていました。


  私はとんでもない過ちをおかし


  許されることではないと痛感しています。


  今、どう償うかを考えています。


  昨日から振り返るたびに涙が止まらず


  ただただ後悔しかなく反省しています。




  家族の大事さが初めて気付くことができて、


  いつも一緒にいた時間が長すぎて


  突然の孤独がとても辛く自分でもどうしていいのか


  ○○(私)にしてみれば当然で関係ないとは思うかもしれません。




  こんな状況でおかしいけど


  あなたを本気で愛してる事に


  気付きました。 




  憎まれても当たり前のことをしてしまい


  許されるべきことではないけど


  何度も何度も心から謝罪します。




  ごめんなさい・・・   」





長文を送ってくる事はとても珍しい事だった。


突っ込みたいところは節々にあったが、


大半は私がずっと求めていた言葉だったのかもしれない。


家族をないがしろにして、自分勝手に自由に生きてきた人が


自分のしたことを過ちだと認め、


涙を流したことが無い人が泣いている。


とても遅いが、家族の大切さにやっと気が付き、


私を愛してる事に気付いたと。


そして普段ほとんど謝らない人が謝っている。


長い間、ずっと求めていた言葉だったのかもしれない。


感じたかった愛情だったんだと思う。


涙が溢れて、文字が滲んだ。




でも私は返信した。


「 一緒に守っていかなければいけない存在の実の子を


  あなたが汚した罪はどんな償いをしても許される日は来ない


  私はこれからまともな精神で子供を育てる自信が無い 」




旦那からは


「 ごめんなさい ごめんなさい 」




と返信があり、


そこから2日間はお互い連絡を取り合わなかった。






旦那が出て行ってから3日目【大晦日】



12月31日、世間は大みそか。


食欲は全くなかったが、子供たちや両親の手前、


落ち込む姿は見せたくなく、無理やり食べていた。


でも食べ物の味がこの頃はほとんど感じなかった。




今回のこの問題が発覚してから、一番最初に相談した相手は、


私の妹。


旦那が出て行った当日に、すぐ連絡した。 


タイミングが良いのか悪いのか


私自身、友達の身辺整理をしていた時期でもあり、


「 身内以外、信用してはいけない、


  他人に話したら、いつか子供達に尾ひれがついて耳に入る日が来る 」


という思いから、この酷い旦那の過ちは身内以外には絶対に話さない、


話せないと思った。


そして、まだ頭の中は混乱した状態だったが、


今後の事を冷静に考えている自分もいて、


この先の身の置き方を相談する為に、今回の件を話したのが


私の父。 


父は昔からいつも冷静で問題に取り組んでくれていたので


こういうときは頼りになる存在だった。


事が発覚した翌日にはすぐ父に話した記憶がある。


母には後に知らせることになるが、感情の起伏がとても激しい人間で


取り乱す可能性もあった為、先に父に相談をしていた。


そしてある程度事情を知った両親のもとへ、


大晦日の夕方、子供達と実家に帰った。




例年なら大晦日の夜は、私の実家に旦那も含めて集まるのだが、


今年からは私と子供達だけ。


変な感じがした。


問題発覚からまだ3日目。


実家に来ても、頭の中は相変わらずあの映像と辛さと悲しさで支配されていて


湧き上がる感情や、旦那に言いたい事が次々と出てきては


一人で耐えて呑みこんでいた。


長女でもある私は、甘えることや弱さを見せる事がほんっとに苦手だ。


別記事で書くつもりだが、私の母親はやや毒親ぎみで


幼少期から現在までにも、かなり母親の影響が私の中である為、


余計に弱っているところや泣き言は言えない。


ただ、淡々と起こった事の説明と、今後の行動などを


この年末年始で話した。


前記事でも書いたように冷静な自分も常に片隅に居て、


この先の事、子供達を守るためにすべき事は次々と頭に浮かんではいた。


そして私はこの日、旦那にLINEを送った。



「 離婚成立するまで犯罪は犯さないでください。


  前にも言ったと思うけど、家族でいる間は、


  あなたのした行動はあなただけの問題では無いってことです。


  これ以上、他人への○○も一切やめないと、


  本当に底辺の人間になると思います。


  他人の女性も誰かの「娘」だという事、頭に入れて下さい。


  今まで色々な事されても、文句言いながらだったかもしれないけど


  サポートしてきた。助けてきた。一緒に乗り越えてきた。

 
  私は一体あなたの何だったのか、今どん底に落ちています。


  あなたは「急な孤独がさみしい」と、


  また自分の事しか考えていないけど、


  自分のした行動によってそうなってしまったんだもん、自業自得だし


  残された家族の苦しみは何倍も辛く苦しいよ。


  映像がずっとよぎる。


  あなたにもっと優しく接して、もっと仕事を理解してあげれば

  
  よかったのかな、ごめん。


  でも私も精一杯だった。


  ずっと息が浅くて苦しくて、


  映像が頭から離れなくておかしくなりそうだよ。 」





このLINEにやはり返信は無かったが、


この時旦那の中では、まだ離婚までの発想は無かったと思う。


後の事になるが、やり直したいだの、1年の猶予をくれだの、


一緒に経営してきた会社の税金面でのメリットの話などしてきたので、


私が「離婚」という言葉を言ってもあまり現実的ではなかったんだと思う。


償えばなんとかなると思っていたんだと思う。






2020年1月1日【別居から離婚へのカウントダウン】



年が明けた。


大晦日は例年通り実家で過ごした。


いつもと違ったのは旦那が一緒じゃないという事だけだった。


車で5分ほどの距離にあるアパートへいったん帰り、


年が明けた1日も実家へ向かった。




ウチは実はお婿さんの為、


本来なら正月は私の実家に出向くのが普通かもしれないが、


毎年1日は義父の誕生日でもあるため、


義父と義妹(年上)と旦那の腹違いの兄(義父再婚の為)


と一緒にお昼を食べるのが恒例になっていた。


でも今年は。


今年からは、私と子供達はもう行かない。


この方々とは義父の入院や介護の件で色々とあり、


関わりたいと思える相手ではなかった。


一つ、肩の荷が降りたと思える日だった。



  

昼過ぎ、旦那から電話が来た。



旦那 『あけましておめでとう

  
    今、おやじと妹と一緒に飯食ってる。


    ○○家水入らずだよ。


    妹から子供達にお年玉貰ったよ。』


私  『そう、ありがとうと伝えておいて。


    お義父さん達には今回の事言ったの?


    私も子供達もいなくて何か言われたでしょ』


旦那 『うん、軽くは・・・・・』



私  『まぁ本当の事は言えないよね(笑)』(衝撃的すぎて!)



本当ならこの息子が今までどれだけ私たちに迷惑を沢山掛けてきたか


暴露してやりたい気持ちだったが、


この家族はみんなそれぞれが他人事なのだ、昔から。


結婚直前、旦那が私の名義のカードを勝手に作り、


勝手にキャッシングし、私の父が肩代わりしてくれた事があった。


それを3度も繰り返されたことがあり、本当にどうしたら分かってくれるのか


改心して欲しくて、義父・義妹に何か言ってもらえないかと


相談したことがあった。 が。


義父「そうかあ、しょうがないなあ、


 おれも昔、○○(旦那)の借金返してやった事あったよ」



義妹「お兄ちゃん、ちょっとルーズなところあるからね~


   マイペースだからね~」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・~~FIN~~





それだけかいっ! 



しかも、私は義父には初対面で


「10万貸して」


と言われた過去もあり。


結婚して出産後、遠くに住む義母が義妹に預けたベビー服を


義妹はこちらに送ってくれず、結局子供は大きくなり、


一度もプレゼントを目にすることは無かった。


このように、旦那側の家族はみんなそれぞれマイペースなので


私はもう頼りにすることも必要以上の連絡もしないようになった。



義母は話によると、旦那と義妹が高校生の頃に義母の実家のある北海道に


お母さんの介護ということで帰ったらしく、


それ以来ずっと義母の妹さん夫婦宅に住み、一度も帰ってきていないという。


何かお義母さんもこちらで色々苦労して北海道に戻るタイミングを


伺っていたのかなと思った。


子供が高校生になるまで我慢していたのかなと。


義父は再婚で義母との間に子供をもうけたが、


高齢出産と言われる年齢だった。


そして旦那が高校生の頃には親もいなくなり。


ここまでの内容で察しがついた方もいるかもしれないが、


旦那と義妹は多分、両親から甘やかされて育ち、怒られたり注意されたり


一般的な常識を教えられてこなかったんだと思う。


ココに書ききれない彼らの行動を見てそう思う。


大人になる前の大事な時期に、自分勝手に他人に迷惑をかけながら


生きる事を誰にも注意されずに来た人間は、


結婚しても、他人の気持ちにより添える訳はない。


育った環境、考え方が違いすぎて、


大事なことや優先順位が全く違う夫婦は上手くいかない。


苦しみ、悲しみながら自分をごまかしながら18年何とか一緒にいたけど、


今回のこの衝撃的なやらかしが核となり、決め手となり、


別れの決断をさせる最大の原因となった。





私の我慢云々ではなく、


子供を守るためにはもう「離婚」しか道はない。


これくらいの事が起きなければ、私はきっと動けなかっただろう。


浮気だけだったら・・・


また悩んで許して、また我慢の日常の繰り返しが待っていただろう。


やっと旦那側の親戚からも、旦那からも解放される「離婚」をするんだ。




2020年、1月1日。 


離婚へのカウントダウンが始まった。






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